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出戻り♪サラリーマン流浪記(タイ現地採用編)

2014年12月、25年間勤めた会社を退職し4年間タイで”大人の夏休み”を満喫しました。2018年10月、日本の某企業に転職し2019年1月からタイの駐在員に、2019年11月から現地採用のサラリーマンに

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祝19周年!今日は初めてタイに入国した運命の日

今日のタイ語

นอร์ทเวสต์แอร์ไลน์ ノートウエースエーライ=ノースウエスト航空

20240427220037972.jpeg

参考までに発音をカタカナで書きましたが、そのまま読んでもまず通じません。実際に使う際は、辞書等で発音記号を確認してください。

これも過去何度か書いたがあらためて書き残しておく

35年前に初めてタイに降り立ってから15年、タイとは一切かかわりなく過ごしてきた

祝35周年!今日は初めてタイに来た日

そして運命の日が19年前の今日、2005年4月28日だったのはこのフライトを計画した時には思いもよらなかった。

初めてタイの本当の土を踏んだ

当時、アラブの世界にはまり、マルチビザを取得した4回目のシリア行きを計画していたのだが、その年はなぜかアエロフロートのモスクワ経由ダマスカス行きの便が取れなかった。

結構前から格安チケットサイトで検索していたし、最後は直接電話で問い合わせをしたりしたのだが、結局チケットが取れなかったのだ。

だが、シリア行きの計画を実行に移すのは諦めなかった。

北周りがダメなら南回りがあるじゃないかー

この南回りには選択肢が多く、香港、シンガポール、バンコクなどより取り見取りだった。
最終的に選択したのは、成田>>.バンコク>>アンマン(ヨルダン)>>🚘>>ダマスカス(シリア)だった。

それは、当時バンコク>>アンマン(ヨルダン)にヨルダン航空が就航しており、比較的安いチケット(当時のPEXチケット)があったからなのだが、脳内の一部に残っていた15年前(1989年)にバンコク・ドンムアン空港のターミナルビルで衝撃を受けたあのワラビ文字(タイ文字)の記憶があったからなのかもしれない。

そう、知らず知らずのうちに運命の糸に手繰り寄せられていたとしか思えない。

成田>>バンコクは当時運航していたノースウエスト航空(2010年デルタ航空に経営統合済)を利用した。

nwair2005-0415.png

そして2005年の今日、初めてタイの本当の土を踏んだ。

IMG_5202-0415.jpeg

常軌を逸した渡航歴

なんとなく薄暗いBKKドンムアン空港(これは今でも大して変わっていない)。

少し不安を抱きながら、ターミナルビルを出るとそこはタクシー待ちの長蛇の列とともに猛烈な湿気を含んだ熱気。
息をするのも苦しく感じながらタクシーを待っていたのは鮮明に覚えている。

ちょうど今のバンコクと同じ経験した事のないほどの暑さだった。
今年の暑季はこの時以来か?と思える暑さだ。

当時はバンコクの地理が分からず、中心部らしきスクムウイット・ソイ11のアンバサダーホテルを予約していた。

高速道路を降りてスクムウイット通りを走るタクシーの窓から街を眺めていると、深夜にもかかわらず煌々とネオンが輝き、屋台、人通りが多いソイ11へと入って行った。

後から思えば、ここはソイナナに至近の歓楽街だったのだが、その時は思いもよらなかった。

とにかくすごい熱気、
それは気温の高さもさることながら、人々が発する熱気に圧倒された初めての街歩き。

途中の屋台でムーピンを買ったのは覚えているがカオニャオは買ってなかったはずだw

ここ、意外にいいかも~、とホテル到着到着直後から思い始めていた。

4/28の深夜に到着し4/30にはヨルダンに向けて出発しなければならなかったのだが、もうヨルダンもシリアもどうでもよくなっていたかも?

昼は暑すぎてあまり歩き回れないのだが、夜になっての街歩きは想像を絶する楽しさだった。

今ではうざったいだけなのだが、スクムウイット通りの歩道に展開していた屋台群、少しソイに入れば深夜でも営業している食堂、屋台、興味本位で覗いてみたソイナナのナナプラザ、路上に溢れる車と人人人・・・

どこも想像を絶する楽しさ。

これがタイか〜!

少し遠回りしてしまったが、なんだかついに”見つけた!”という気になっていた。

ヨルダン行きはやめて、しばらくここに滞在しようか?と本気で考えはしたが、4/30にはヨルダンに向けて出発。

rjair2005-0415.png
(ヨルダン航空の塗装、世界一かっこいいと思う)

ヨルダンのアンマンに着いて一番最初に行ったのはヨルダン航空のオフィス。
当時はスマホもない中色んな人に聞きまくってようやく見つけた支店?に入ると、開口一番「このチケットのバンコク行き(戻り便)の日付を3日前に変更してほしい!」と言ったのは今でも鮮明に覚えている。

たしか1日程度しか日程を変えられなかったが、はやる気持ちでバンコク行きのヨルダン航空に乗り5月6日にバンコクへ戻った。

IMG_5203-0415.jpeg

それ以降のタイへの入国スタンプは

2005年:4回
2006年:10回
2007年:7回
2008年:10回
2009年:15回
2010年:12回
2011年:10回
2012年:8回
2013年:15回
2014年:12回

もう、常軌を逸していた・・・

上記期間中に海外に出てタイに来なかったのはたったの3回
パレスチナ(イスラエルともいう)、スペイン、イギリスのたった3回だけ。

どこに行くにもほぼバンコクに立ち寄ってたってわけw

そして2014年12月31日にバンコクに住むようになった。

***

全ての始まりは1989年3月4日のドンムアン空港

そして人生の転換期は2005年4月28日

実際に人生が転換したのは2014年12月31日
あのドンムアン空港でタイ文字に衝撃を受けてから25年目の事だった。

その後の人生はこのブログに書いている通りで、必ずしも順風満帆ではないが後悔全くなし、多くの経験を積んで人生を楽しんでいる。

これからもここに住み続けたい

こここそが故郷と心の底から言える日まで・・・


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祝35周年!今日は初めてタイに来た日

今日の航空業界用語

Direct Fright
目的地まで便名は変わらないが、途中で他の空港で給油や乗客の乗り降りがあるフライト。
単語から目的地までノンストップで行くように受け取りやすい。

Non-Stop Fright
目的地まで他の空港には一切立ち寄らないフライト

この二つは混同しやすく同じ意味で使われることがある。

参考までに発音をカタカナで書きましたが、そのまま読んでもまず通じません。実際に使う際は、辞書等で発音記号を確認してください。

過去何度かこの話題を記事にしているが、今日は「初めてタイに来た日」から節目の35周年なのであらためて書き残しておく。

初めての海外、初めての海外一人旅、初めての飛行機

オレの初めての海外は1989年3月4日の成田空港から始まった。

当時、成田空港は今で言う第一ターミナルしかなく、上野から京成で成田空港駅までザック1つで行った。

到着した成田空港駅は今では「東成田駅」と改称している。
つまり、同じ成田空港駅ではあるが場所が今とは別の駅だったってわけ。

もうそれだけでも歴史を感じさせるってことだね。

IMG_8509-0218.jpeg

下の丸いスタンプが出国(当時は黒インク)で、見づらいが4 MAR.1989とある。

成田から乗ったのはエジプト航空、マニラ、バンコク経由カイロ行きのB747だった
記憶では夕方発だったような。。。

egyptair1989-0217.png

当時の塗装

既にこのルートは廃止されていて現存しない
当時この便にあって、もう一つ存在しないのは「喫煙席」だ

この時代は「喫煙席が設置されていたのではなく、禁煙席が設置されていた」と言った方が正しい

つまり、機内でタバコが吸えるのは常識で、喫煙しない人向けに心の広いエアラインが特別に「禁煙席」を設置していたのだな
まあ、非喫煙者に対するお情けと言ってもいいかもね
※たぶんこの頃から受動喫煙に対する考え方(法令を含む)が変わってきたのだろう

初めての海外、初めての海外一人旅、初めての飛行機。。。初めて尽くしのフライトだった。

夜にマニラに到着
ここで降機したかどうか?記憶が定かではないのだが、マニラ空港内部の記憶が全くないのでたぶん機中待機(給油だけ?)だったんじゃないかと思う。

初めてのタイ、バンコク・ドンムアン空港(BKK)

次の寄港地はバンコク・ドンムアン空港、当時はこここそがBKKであり、スワンナプーム空港にそのBKKの名称を譲るのは、これから17年後の2006年まで待たなければならなかった。

BKKは深夜到着だった。
なのでバンコク空港に到着したのが3月4日だったのか?日付が変わった5日だったのか?正確な記録も記憶もないが、ちょうどこの記事をアップした時間帯だった。

駐機は1-2時間以上あり、狭い機内で過ごすより外に出たい一心でターミナルビルに足を踏み入れた。
もしかしたら、強制的に降ろされたのかもしれない(バンコクでは乗客の乗り降りもあった)。

結局35年前は入国という役所手続きはしなかったので公式な記録は無いのだが、初めて降り立った海外の地がバンコクでありタイに来ていたのは間違いない。
ドンムアンのターミナルビルを歩き回っていたのだから。

大方の記憶はないのだが唯一覚えているのは「初めて見たタイ文字」

まるで山菜のใใใใワラビโโโโのような文字で全く読めず。。。
これは逆立ちしても無理!読めないよ~と思ったことは昨日のことのようだ。

そして35年後の今、こうしてバンコクで仕事をしながら暮らし、会社でタイ語で会話し、あのワラビのような文字を読み、そして書いてる自分がいるのが信じられない気持ちだ。

その後、20042005年4月28日のタイ初入国(この時もまだバンコク空港はドンムアンだった)までの1516年はタイとは一切かかわりを持たなかった。

しかし、このワラビ文字の強烈な印象を残したバンコクが、脳内の一部に自覚しないまま残っていたのだろう。
そう、この1989年3月4日に、いまここバンコクにいることを運命づけられたのかもしれない。

もうあれから35年、この時に取得した初代パスポートから今では4代目に達している。

これが初代
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4代目まで勢揃い
IMG_8279-1231.jpeg

紆余曲折はあったが、今でもザック1つで歩き回る旅人Travelerであることだけは変わっていない。

旅人としての第一歩だった35年前の今日、これからも旅人であり続けたいとあらためて思う。


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2023年/旅の記録

今日のタイ語

แผ่นดินไหวベンディンワイ(大地の揺れ)=地震
สึนามิスゥナーミ=津波

参考までに発音をカタカナで書きましたが、そのまま読んでもまず通じません。実際に使う際は、辞書等で発音記号を確認してください。

正月早々能登半島で大きな地震があったようですね?
ここは学生時代に旅をした思い出の場所です。

あの見附島もかなり崩れてしまったと聞いて残念です。
Mitsukejima_(Ishikawa)_1.jpg

古い建物が多いせいか被害もかなりあるようですね?

なんて思っていたら今度は羽田でJALの衝突事故!
海保の方が亡くなられたようで残念です。。。

***

「タイには地震がない」と豪語しているタイの人が多いですが、北部・西部に断層はかなりあり、またバンコクは柔らかい地層の上にあるためそれほど強い揺れでなくとも大きな被害が発生する可能性があるようです。

どこかの遺跡を見に行った際、半分崩れた建造物の案内板に「○○○○年の地震により崩壊した」という記載を見たことがあるので、タイに地震はないとは全然言い切れないです。

ここ1000年で大きな地震はないというだけです。

が、耐震・防災はゼロなので来たら皆死にますね。
まあ、みんなと一緒なら。。。

MS&AD インターリスク総研株式会社によれば(以下抜粋&要約)
1,000 年前の記録によれば、チェンライおよび チェンマイで大規模な 地震が発生、同断層帯では地震発生によるエネルギーの解放後も次の地震の原因となる歪 みが蓄積されている。さらに、地質調査の結果、Rマグニチ ュード(リヒタースケール)6 から 7 の地震がそれぞれ 2,000 年前、4,000 年前に発生したものと推測 されており、大規模地震が再度発生する時期が近づいている可能性があります。

とのこと。。。

確かにビルマに接しているタイの県では地震は頻繁にあります(震度1程度?)。

さて、本題です。

出国回数と訪問国

昨年2023年は7回出国し9か国を周遊した。
IMG_3694-0102m.jpg

3月 ラオス(ルアンパバーン)
4月 ベトナム(ハノイ)
5月 ベトナム(ハノイ)
7月 シンガポール+マレーシア(クアラルンプール)
9月 ラオス(ルアンパバーン)
10月 シンガポール
11月 ベトナム(ハノイ)+日本

まあまあかな?
マルチのリエントリーを持っているので、3,800THB÷7回=約540THB/回で済んだということ。

4冊目のパスポートで、最後のベトナム&日本行きで172回の出国
(出国基準:2014年までは日本、それ以降はタイ出国を基準としている)

IMG_8279-1231.jpeg

この日本からの帰国でタイ入国スタンプ170個目となった。
ちなみに以下が過去の入国スタンプ数*1

タイ:170
日本:144
ラオス:15
ベトナム:14
アメリカ:6
マレーシア:6
シリア:5

4回以下は省略

*1 近年入国スタンプを省略する国が据えているので実際のスタンプ数とは異なる。

いまだにベスト6(日本を除く)にシリアが入っているのはすごいw

まあまあかな?

昨年行った国は例年同様なのだが、今年の特徴は・・・
1,ルアンパバーンに2回行き、ビエンチャンは0回だった。
これはもちろん世界一のカオピアック屋をルアンパバーンで発見してしまったからだ、

目次:2023ルアンパバーン 3月
目次:2023ルアンパバーン 9月

2,ホテル代が異常に高く敬遠していたシンガポールに2度も行った。
やっぱり旨いものがあるところに行きたいからね。

目次:2023シンガポール【1】7月
目次:2023シンガポール【2】10月

まあ、こんな感じで2024年も旅をしていきたいと思っている。

タイ国内の旅

一方、タイ国内の旅というと昨年もチェンライ(メーサローン)の1回だけ(これから記事書きます)。

ここ数年の記録でも
2018
目次:2018タイ旅【2】タイ東部4県庁訪問400kmライド
目次:2018タイ旅【3】自転車でタイ・ラオス国境を渡る
次:2018タイ旅【4】自転車でタイ・ミャンマー国境を目指せ!
目次:2018タイ旅【6】ウボン・ナーン・メーホンソーン
2019
目次:2019タイ旅【2】ガラシン with Brompton
2020
なし
2021
目次:2021/旅【1】メーサローン
2022
目次:2022/旅【4】メーサローン

注:サイクリング合宿とパタヤ滞在は除く。

2018年を最後にほぼ旅をしていないのは、もちろん中共ウイルスによる武漢肺炎のせいです。

今年は何か目標を決めてタイ国内の旅を再開したいと思ってます。
本当は目的なくぶらつきたいのですが、普段はサラリーマンは3連休が限度なのでしょうがないですね?

***

今年もよろしくお願いします♪

2024年1月3日
バンコクより


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バックパッカーの原点がここにあった!

今日のタイ語

จุดเริ่มต้น ジュットルームトン=始点、原点、始まり

参考までに発音をカタカナで書きましたが、そのまま読んでもまず通じません。実際に使う際は、辞書等で発音記号を確認してください。

先日こんなニュースを見た。

『地球の歩き方』を発行していた「ダイヤモンド・ビッグ社」(東京)が特別清算

(株)ダイヤモンド・ビッグ社(TDB企業コード:982054551、資本金1億円、登記面=東京都渋谷区神宮前6-12-17、代表清算人三橋和夫氏)は、5月19日に東京地裁より特別清算開始命令を受けた。

 当社は、1969年(昭和44年)9月に設立された。出版大手の(株)ダイヤモンド社の子会社として、旅行ガイドブックの編集・出版の受託制作を手がけ、『地球の歩き方』『地球の歩き方リゾートスタイル』『地球の歩き方ポケット』などを発行していた。
 
 特に、『地球の歩き方』シリーズは100タイトル以上にも及び、旅行者の実用書として高い知名度を誇っていた。旅行に付随するテーマに沿った単行本やムック本、訪日旅行者向けのフリーペーパー『Good Luck Trip』も発行していた。また、広告事業や旅行事業も手がけ、2001年9月期には年売上高約112億6500万円を計上していた。

 しかし、出版不況下で新型コロナウイルス感染拡大に伴う渡航制限の影響もあり、2020年3月期(決算期変更)の年売上高は約28億8500万円に落ち込み、その後も売り上げの減少に歯止めがかからず赤字に転落していた。2021年1月に出版事業などが学研グループの(株)地球の歩き方(品川区)に承継され、2023年3月31日に株主総会の決議により解散し、今回の措置となった。

既に版権は学研に売り払っていたので分かってはいたけど。。。
インターネット情報の氾濫、それに追い打ちをかけた中共ウイルスによる旅・旅行の中断により経営が傾いていたのは知っていたが

これも時代の流れなのだろう。。。

参考:ダイヤモンド・ビッグ社は倒産したが、地球の歩き方は学研が継続発行している。

オレの旅のスタイルの原点

以前から書いているが、オレは現役バックパッカーだ。

属性の違う人から見たら、小汚い格好で小汚いホテルに泊まり小汚い食堂で食べている貧乏旅行者にしか見えないのかもしれない。

まあ、間違ってはいないがそれはあくまでも結果であって目的ではないのだがね。。。

オレがいつバックパッカーになったのか?
はっきりは覚えていないが、初めての国内の旅の時からザック一つでぶらりと旅立っていたような気がする。

ただ、オレがバックパッカーだと自認したのは1989年の初海外への旅でザック一つでエジプトへ旅だった時だった。

エジプト1989

それ以降の旅は基本このスタイルで今まで続いている。

その原点と言えるのがこの「地球の歩き方・アメリカ版(初版)」、このガイドブックとの出会によりバックパッカー魂が沸々と湧きあがったのは明確に覚えている。

IMG_0330-0531.jpg
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1980年発行の初版、オレが中学生の時だ。

ちなみに、バックパッカーの聖典と言われている「深夜特急」や「バンコク楽宮ホテル」を読んだのは、2000年に入ってから。


表紙の文句がバックパッカー魂を揺さぶる

アメリカを
1ヶ月以上の期間
一日3000円以内で
ホテルなどの
予約なしで
バスを使って
旅する人の
徹底ガイド


まさに、ここにバックパッカーの要素が全部詰まっている。
貪り読んで、一人でアメリカを旅している妄想に何度入り込んだことだろうか?
注意-1
「旅行者の」ではなく「旅する人の」というのが重要なのだな。
パタヤで出会った老ファランと旅の話(2)旅とは

注意-2
「一日3000円以内で」
1980年のレートは220円を超えていた
ちなみに同時期のバーツ/円は10円越え


現時点でアメリカへは6回行ったことがあるが(全て仕事、総滞在日数67日)、旅をしたことがないのが残念だ。。。

でも、NYのワールドトレードセンターも見たし、旅ではまず行かないネブラスカ州にも行ったし、フィッシャーマンズワーフでクラムチャウダーも食べたしw、サンタアニタ競馬場やベルモントパーク競馬場へも行ったし、フィラデルフィアステーキも食べたし結構いろんな所へ行った。

とは言え、一度はアメリカを旅してみたい

このガイドブック発行以前からアメリカかぶれだったオレ。
1980年がオレのアメリカかぶれを決定付けたのも間違いない。

このガイドブックは今までのそれとは全く違って、読者が体験した旅の情報を散りばめているのでそれはそれはリアルな妄想が可能だった。

近年の地球の歩き方は普通のガイドブックに成り下がってしまったので、この初版本は貴重な一冊でありオレのバックパッカーとしての原点だと言っても過言ではない。

1989年のエジプトに続く2回目のバックパッカーの旅は2004年のシリアだった。
この時、地球の歩き方にシリア版が無かったので、世界のバックパッカー必携のガイドブック、ロンリープラネットを持って行った。

これは英語版なのだが、地球の歩き方以上に細かい情報が満載で、しかも旅の途中で出会ったファランと情報交換する際に「ロンリープラネットの〇〇ページに書いてあるよ」と便利だった。

それ以降、地球の歩き方から少し離れてしまったが。。。

***

あれから43年。
オレも立派に成長したし、一人前のバックパッカーになったと自負している。

「地球の歩き方・アメリカ版」を発行したダイヤモンド•ビッグ社のお陰だと思っているし感謝している。

サラリーマンをやっているとなかなか本来の旅は出来ないが、もう一度原点に戻った旅がしたくなってきた。。。


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2023年前期旅の構想

今日のタイ語

ดูให้เต็มตา目ん玉ひんむいてよく見てみろ!

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昨年末からず~っと仕事が忙しくて、旅の予定が立てられなかった。

「仕事が忙しい」のは良いこととか言う人もいるが、仕事のレベルがあまり高くない(目的も道筋も曖昧)のでやる気はあまり起きず、音楽聞きながらひたすら手を動かす。。。

これ以上は言わないけど

3-5月の予定

3月
ルアンパバーン/ラオス(2泊3日)
既に往復チケットは発券した。

まあ、ここは恐ろしく何もないところなのだが「カオソーイ」がある。
IMG_6567-0302.jpg
ラオスのカオソーイ、タイのカレーラーメンとは別物です。

それだけw
7年ぶりに行きたく(食べたく)なったのでサクッと発券済み

4月
ハノイ/ベトナム(4泊5日)
まあ、ここは今年1回目の恒例のフォー&フィーサオボー&ワンタンミー三昧

4-5月
カンボジア北部横断(6泊7日くらい)
とはいっても単にカオプラウイハーンを見てみたいというだけ。


2006年に1度、プノンペン→シェムリアップ(アンコールワット)に行ってる。
よく覚えていないがバンコク→ビエンチャン→プノンペン→シェムリアップ→ポイペト/アランヤプラテート→バンコクってな変なルートだったはず。

中東・北アフリカの遺跡に興味があるのでアジアの遺跡には全く興味なかった(今でも)がアンコールワットだけは別格だと悟った。

それ以外にはタイ/カンボジア国境上にあるカオプラウイハーンに興味があったが、ちょうど国境紛争で入場ができなくなり、いまでもタイ側からはアクセスできないので益々行きたくなっていた。

基本、カンボジアには全く興味が無い(政治体制が阿呆すぎる=ポルポト以降ほとんど変化が無い、食べ物が旨くない)

予定ルートは
1日目:バンコク→ジャンタブリー
2日目:ジャンタブリー→パッカードorバーンレム(国境)→バッタンバン(→シェムリアップ)
3日目:バッタンバン(シェムリアップ)→スラアム
4日目:スラアム→カオプラウイハーン→スラアム
5日目:スラアム→チョーンサガム(国境)→シーサケット
6日目:シーサケット→カオプラウイハーン→ウボン
7日目:ウボン→バンコク(飛行機)

カンボジア2023-0315

7日目以外はバス系で移動

折角なので以前通過したことのあるアランヤプラテート/ポイぺトというメジャーな国境ポイント以外を通ってみたい

第2プランと資金捻出

3月と4月は航空券発券済みなので確定だが、5月は陸路なので特に何もしていない。

このルートを考えた時思ったのは「楽しそうだが暑いだろうなー」だった。

なので、一応第2プランも考えている。
要は暑くないところだw

第2プラン(1)ロンドン
そう、ボービントンの戦車博物館に2回連続で行けなかったのが心残りなのだ。
もちろんパブ巡りも
航空運賃45,000B

第2プラン(2)マドリードまたはリスボン
もちろんバル巡り
航空運賃50,000B

第2プラン(3)カイロ
コシャリ三昧
航空運賃40,000-50,000B

第2プラン(4)ニッポン(福岡、大阪)
天神または西成で食い倒れ
ただし1週間もいると飽きるので、途中マニラとか台北に寄るのが条件
航空運賃20,000-25,000B

この第2プランは連休(タイ、日本、中国など)中なのでチケット代が高額なのがネック
最高で50,000B≒20万円弱なので貧乏人には捻出が厳しい。。。

ではこの20万を稼ぎ出せばよいではないか?😅

ということで今週末の中央競馬で勝負してみることにした。
資金は1万円で単勝or複勝勝負

負けても1万円なので痛みは少ない。

某レース予想オッズ6.8倍=68,000円、某レース予想オッズ3.8倍に半分の34,000円を入れると=約13万円➡合計で約16万円
少し足りないがロンドンに行けそうだ😆

もちろん当日の馬場状態、場体重を確認してできればパドックも見たい。

ロンドンに行けますように🙏


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