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出戻り♪サラリーマン流浪記(タイ駐在編)

2014年12月、25年間勤めた会社を退職し4年間タイで”大人の夏休み”を満喫しました。2018年10月、日本の某企業に転職し2019年1月からタイの駐在員として再出発します♪

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目次:2018タイ旅【6】ウボン・ナーン・メーホンソーン

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【期間】2018年9月14日-24日(16-17日は目次:2018ビエンチャン 9月を参照)
【出国便】-
【帰国便】-

【ルート及び移動手段】

9/14 DMK発、UBP着/タイ・ライオンエア ウボンラチャタニー(泊)
9/15 ウボンラチャタニー→(バス)→ウドンターニ (泊)
9/16 ウドンターニ→(ロットトゥ、バス)→ビエンチャン (泊)
9/17 ビエンチャン→(ロットトゥ)→ウドンターニ (泊)
9/18 ウドンターニ→(バス)→ピッサヌローク (泊)
9/19 ピッサヌローク→(バス)→ナーン (泊)
9/20 ナーン→(バス)→チェンマイ (泊)
9/21 チェンマイ→(ロットトゥ)→メーホンソーン (泊)
9/22 メーホンソーン→(ロットトゥ)→クンユアム (泊)
9/23 クンユアム→(バス) (車中泊)
9/24 (バス)→バンコク

【関連記事】

“大人の夏休み”最後の旅《第一弾》旅の目的と大まかなルートを決めて出発♪

No,21-② ウボンラーチャターニー県 จังหวัดอุบลราชธานี

不思議がいっぱい?場所が特定出来ず、たどり着けない”驚きホテル” in ウボンラチャタニー

不思議がいっぱい?部屋の広さが尋常でない”驚きホテル” in ウボンラチャタニー

本場のクワイジャップ・ユアン、お味は? in ウボンラチャタニー

行き当たりバッタリ!パクセーをやめてウドンターニへ、ウドンではワンパターン行動

無念、タイ-ラオス友好橋で「京都市バス」に乗れず!

--------------------------
11:00amのチェックインって遅いか〜??? in ビエンチャン
やっぱり大人の夏休みの〆はこれだね♪(1)これからはそう頻繁に来れないので、これで仮〆
やっぱり大人の夏休みの〆はこれだね♪(2)いや、もう一つ忘れてた〜!
ラオス・ビエンチャンの街並みと日の丸、「京都市バス」に乗ったぞ〜♪

この間は「目次:2018ビエンチャン 9月」も参照
--------------------------
さて、次の目的地ナーンまでどうやって行くかな〜?初めてのウドン新ボーコーソー

300km 7時間でビビってたら笑われちゃうよ!タイを尊敬する一面

ウドン→ピッサヌロークへ、日本にはない即日宅配サービス♪タイって意外に便利だよ♪

ピッサヌロークでのお宿、(付録)バス・トランジットに便利なボーコーソー内の簡易宿泊所

No,43-② ナーン県 จังหวัดน่าน

ナーンのお宿、「縁側?」付きの予約サイトでは予約できないホテル

安い!狭い!階段!(^∇^)3拍子?揃ったチェンマイのお宿

世界三大麺にはなれなかったけど、旨いチェンマイ名店のカオソーイ「新・カオソーイ ラムドゥアン」

いよいよ最後の未踏地、メーホンソーンへGO !

チェンマイ→メーホンソーン、ゲロ街道???確かに気持ち悪くなってきた〜、初めての密入国

No,77 メーホンソーン県 จังหวัดแม่ฮ่องสอน これにてタイ77全都県庁舎完全制覇!

メーホンソーンのお宿と周辺散策、宿の人はすごーく親切なんだけど・・・

メーホンソーン巡礼(1)メーホンソーン、ワット・プラノーン

メーホンソーン→クンユアム、えぇ〜!1日1便しかないの〜?

メーホンソーン→クンユアム、クンユアムで降りたのはオレ1人、宿が無い。。。

世話焼き&おしゃべりおばさんの宿@クンユアム

メーホンソーン巡礼(2)タイ日友好記念館・クンユアム その1、タイ人料金で入場♪

メーホンソーン巡礼(2)タイ日友好記念館・クンユアム その2、親日とは?

メーホンソーン巡礼(3)ワット・ムアイトー@クンユアム、願いは聞いてくれそうもない仏像のある寺

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| 2018タイ旅【6】ウボン・ナーン・メーホーソーン | 05:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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“大人の夏休み”最後の旅《第一弾》完了♪暴走バスでバンコクに帰る、クンユアム→バンコク

今日のタイ語

สนามบิน サナーム・ビン=飛ぶ(ものの)広場=飛行場(一般的な言い方)
ท่าอากาศยาน ター・アカート・ヤーン=乗り物の空の港=空港(堅苦しい言い方)
ทางวิ่งเครื่องบิน ターン・ウイン・クルゥァンビン=飛行機が走る道=滑走路

参考までに発音をカタカナで書きましたが、そのまま読んでもまず通じません。実際に使う際は、辞書等で発音記号を確認してください。

今回の旅、ここまでの記事は以下を参照

“大人の夏休み”最後の旅《第一弾》旅の目的と大まかなルートを決めて出発♪
No,21-② ウボンラーチャターニー県 จังหวัดอุบลราชธานี
不思議がいっぱい?場所が特定出来ず、たどり着けない”驚きホテル” in ウボンラチャタニー
不思議がいっぱい?部屋の広さが尋常でない”驚きホテル” in ウボンラチャタニー
本場のクワイジャップ・ユアン、お味は? in ウボンラチャタニー
行き当たりバッタリ!パクセーをやめてウドンターニへ、ウドンではワンパターン行動
無念、タイ-ラオス友好橋で「京都市バス」に乗れず!
11:00amのチェックインって遅いか〜??? in ビエンチャン
やっぱり大人の夏休みの〆はこれだね♪(1)これからはそう頻繁に来れないので、これで仮〆
やっぱり大人の夏休みの〆はこれだね♪(2)いや、もう一つ忘れてた〜!
ラオス・ビエンチャンの街並みと日の丸、「京都市バス」に乗ったぞ〜♪
さて、次の目的地ナーンまでどうやって行くかな〜?初めてのウドン新ボーコーソー
300km 7時間でビビってたら笑われちゃうよ!タイを尊敬する一面
ウドン→ピッサヌロークへ、日本にはない即日宅配サービス♪タイって意外に便利だよ♪
ピッサヌロークでのお宿、(付録)バス・トランジットに便利なボーコーソー内の簡易宿泊所
No,43-② ナーン県 จังหวัดน่าน
ナーンのお宿、「縁側?」付きの予約サイトでは予約できないホテル
安い!狭い!階段!(^∇^)3拍子?揃ったチェンマイのお宿
世界三大麺にはなれなかったけど、旨いチェンマイ名店のカオソーイ「新・カオソーイ ラムドゥアン」
いよいよ最後の未踏地、メーホンソーンへGO !
チェンマイ→メーホンソーン、ゲロ街道???確かに気持ち悪くなってきた〜、初めての密入国
No,77 メーホンソーン県 จังหวัดแม่ฮ่องสอน これにてタイ77全都県庁舎完全制覇!
メーホンソーンのお宿と周辺散策、宿の人はすごーく親切なんだけど・・・
メーホンソーン巡礼(1)メーホンソーン、ワット・プラノーン
メーホンソーン→クンユアム、えぇ〜!1日1便しかないの〜?
メーホンソーン→クンユアム、クンユアムで降りたのはオレ1人、宿が無い。。。
世話焼き&おしゃべりおばさんの宿@クンユアム
メーホンソーン巡礼(2)タイ日友好記念館・クンユアム その1、タイ人料金で入場♪
メーホンソーン巡礼(2)タイ日友好記念館・クンユアム その2、親日とは?
メーホンソーン巡礼(3)ワット・ムアイトー@クンユアム、願いは聞いてくれそうもない仏像のある寺

引き続き9月23日

メーホンソーン県クンユアムでの巡礼を終えたのが10:30am
今日の17:30のバスでバンコクに戻るのだが、時間が余りすぎ。。。

田舎町なのでなーんにもないので少しぶらつくことにする。

クンユアム空港という名の荒れ地

Googlemapを見ているとクンユアム空港を見つけた。

特にターミナルビルも見当たらないので民間航空機の発着は無いようだが(タイ陸軍管轄)行ってみた。

IMG_3160-1125.jpg

???
空港は?滑走路は???

そばにフリーマッケトのような場所があったのでそこにいた人に聞いてみると「これがクンユアム空港ですよ、あんた日本人?ここは昔日本人が作ったんですよ」と。

いろんな痕跡が残っているね〜
今はただの荒れ地にしか見えないけど、

昼前まで時間を潰して宿へ戻り、おっっちゃんに「17:30のバスでバンコクに帰るので16:00頃まで部屋使っていいですか?」と聞くと快く了解してくれた。
田舎の宿っていいね〜♪

11日間に渡る旅の終わり

16:00前に宿を出ると、ダイハツの軽トラックが停まっていて、おっちゃんが「送っていくよ」と。
至れり尽くせり。

16:00過ぎに着いたクンユアムのバス乗り場。
IMG_3162-1125.jpg

ここはร้านน้องแอนโภชนาノーンエーン・ポチャナーという食堂で、メーホンソーン⇔バンコク(モーチット)間を走る唯一の長距離バス(たぶん)のクンユアムでの乗降場所になっている。
สมบัติทัวร์/Sombat Tour/ソムバット・ツアー

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乗車時刻、乗車場所とも手書きのチケット(始発のメーホンソーンで発券)。

食堂なのだが、椅子が片付けられていたので「あの〜、開店時間は何時ですか?」と店の人に聞くと「今日はお休みよ」と・・・。日曜日は閉店らしい。。。
晩飯をここで食べていく目論見が外れる。

他に食堂らしきものが全く見当たらず、店で売っていたスナック菓子を買うはめに(食堂としては休みだが、売店としては営業しているようだ)。

何人か乗客らしき人がたむろっていたが、メーホンソーン16:00発のバスが1時間半後の17:30に到着すると全員乗ってしまいオレ一人取り残される。。。

食堂内にはこんな張り紙が・・・
IMG_3172-1125.jpg
ソムバットツアー、チケット発売所
クンユアム〜バンコク
16:00、17:00発

オレの乗る17:30のSupermeバスが無い???

まじ〜???

ちょっと焦ってきたときに、ソムバットツアーの人らしき人がどこからか現れ「あんた何時のバスに乗るの?」と聞いてきたので「17:30のモーチット行きなんですが・・・」と懇願するように答えると「ハイハイ」と言ったきりどこかへ行ってしまった。

ということは17:30のバスはあるんだろうね。

前のバスが始発のメーホンソーンから1時間半かかったってことは、オレの乗るバスはメーホンソーンを16:29に出るから、ここに着くのは18:00頃かな?・・・

と思っていたら、な・なんと17:30ぴったりに到着したよ。
IMG_3180-1125.jpg

あのクネクネ道を1時間で走ってきたって???


65kmをぴったり1時間ってことは時速65kmってこと。
上の地図を拡大すれば分かるけど、結構なクネクネ道なんだよねー
乗用車なら分かるけど、大型バスで???
速すぎ???

乗って走ってから分かったけど、ここから先もしばらくは下りのカーブ連続の道なんだけど、60-80kmで飛ばしていたよ。
日が落ちて街灯の無い真っ暗な道をね。。。

運転はかなり上手いのは分かるけど、結構ヒヤヒヤしながら山道が終わるのを待っていたよ。

車内はこんな感じ。
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1−2の幅広シートでリクライニングもかなり深い。
さすが1050バーツもするSupermeクラスだな。
それにしてもガラガラだった。

途中、メーサリアンやタークで停まったのは覚えているけどそのうち寝てしまった。

夜中の3:00頃、ガムペンペットあたりにあるソムバットツアーの専用駐車場に入ったので、運賃にふくまれている晩飯を食べに出た。
IMG_3185-1125.jpg

チケットの右半分がクーポン券になっている(VIP以上のバスの場合)。

このとき全く案内なかったけど(車掌は何の為に乗ってるの?)、オレは知っていたんで食べに出たけど知らないひとは絶対に食べられ無いよこの晩飯。

まあ大したものはなかったけど、20分の休憩で食事+往復+タバコは少なすぎるよ。。。
しかも3:00amって┐(´д`)┌

この後は寝てしまい目が覚めたらドンムアン近くのナショナルメモリアル付近を走っていた。
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エアアジアの名古屋便就航の広告。
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タイの人の名古屋のイメージってこんなもんか?
名古屋城以外は名古屋とは関係ないね(^∇^)

ドンムアン空港付近は通勤ラッシュの大渋滞。
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定刻の約1時間遅れの翌日9月24日8:00am頃、モーチット近くにあるソムバットツアー本社?駐車場へ到着。
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実に14時間半の超ロングドライブだった。。。ヨーロッパに行けちゃうね(゚∀゚)


でかい会社だね〜
知らなかったよ。。。

***

こうして9月14日から始まった“大人の夏休み”最後の旅《第一弾》は完了した。
7年かけて完全制覇したタイ77都県庁制覇も実現したし、まえからずっと行ってみたかったクンユアム巡礼もできたし、もうタイに思い残すことは無いな〜(^∇^)

今の予定では10/4に転職の為に日本に出発するのだけれど、その前に最後の美味いものツアー“大人の夏休み”最後の旅《第二弾》を無理やり入れたので、これから転職先の会社へ入社するまでの3週間は綱渡りの超ハードな「最後の夏休み」になりそうだ♪

なんだかワクワクしてくるね〜♪

***

31話にもなってしまったこのシリーズはようやく完了です。
お付き合いいただきありがとうございました♪
引き続き、「“大人の夏休み”最後の旅《第二弾》」と「“大人の夏休み”最後の日本行き」の二本が続きます。

“大人の夏休み”最後の旅《第一弾》・完

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| 2018タイ旅【6】ウボン・ナーン・メーホーソーン | 06:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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メーホンソーン巡礼(3)ワット・ムアイトー@クンユアム、願いは聞いてくれそうもない仏像のある寺

今日のタイ語

พ่ายแพ้สงคราม パーイペー・ソンクラーム=戦争に負ける=敗戦

参考までに発音をカタカナで書きましたが、そのまま読んでもまず通じません。実際に使う際は、辞書等で発音記号を確認してください。

今回の旅、ここまでの記事は以下を参照

“大人の夏休み”最後の旅《第一弾》旅の目的と大まかなルートを決めて出発♪
No,21-② ウボンラーチャターニー県 จังหวัดอุบลราชธานี
不思議がいっぱい?場所が特定出来ず、たどり着けない”驚きホテル” in ウボンラチャタニー
不思議がいっぱい?部屋の広さが尋常でない”驚きホテル” in ウボンラチャタニー
本場のクワイジャップ・ユアン、お味は? in ウボンラチャタニー
行き当たりバッタリ!パクセーをやめてウドンターニへ、ウドンではワンパターン行動
無念、タイ-ラオス友好橋で「京都市バス」に乗れず!
11:00amのチェックインって遅いか〜??? in ビエンチャン
やっぱり大人の夏休みの〆はこれだね♪(1)これからはそう頻繁に来れないので、これで仮〆
やっぱり大人の夏休みの〆はこれだね♪(2)いや、もう一つ忘れてた〜!
ラオス・ビエンチャンの街並みと日の丸、「京都市バス」に乗ったぞ〜♪
さて、次の目的地ナーンまでどうやって行くかな〜?初めてのウドン新ボーコーソー
300km 7時間でビビってたら笑われちゃうよ!タイを尊敬する一面
ウドン→ピッサヌロークへ、日本にはない即日宅配サービス♪タイって意外に便利だよ♪
ピッサヌロークでのお宿、(付録)バス・トランジットに便利なボーコーソー内の簡易宿泊所
No,43-② ナーン県 จังหวัดน่าน
ナーンのお宿、「縁側?」付きの予約サイトでは予約できないホテル
安い!狭い!階段!(^∇^)3拍子?揃ったチェンマイのお宿
世界三大麺にはなれなかったけど、旨いチェンマイ名店のカオソーイ「新・カオソーイ ラムドゥアン」
いよいよ最後の未踏地、メーホンソーンへGO !
チェンマイ→メーホンソーン、ゲロ街道???確かに気持ち悪くなってきた〜、初めての密入国
No,77 メーホンソーン県 จังหวัดแม่ฮ่องสอน これにてタイ77全都県庁舎完全制覇!
メーホンソーンのお宿と周辺散策、宿の人はすごーく親切なんだけど・・・
メーホンソーン巡礼(1)メーホンソーン、ワット・プラノーン
メーホンソーン→クンユアム、えぇ〜!1日1便しかないの〜?
メーホンソーン→クンユアム、クンユアムで降りたのはオレ1人、宿が無い。。。
世話焼き&おしゃべりおばさんの宿@クンユアム
メーホンソーン巡礼(2)タイ日友好記念館・クンユアム その1、タイ人料金で入場♪
メーホンソーン巡礼(2)タイ日友好記念館・クンユアム その2、親日とは?

副題に「願いは聞いてくれそうもない仏像のある寺」と大変失礼な事を書いてしまったが、この寺はかつて日本人が大変お世話になった寺の一つである。

前の記事の写真にもあった通り、先の大戦中日本軍が駐留していた際、当初は住民に日本の野戦病院を解放して地元に貢献していたが、インパール作戦での敗走で多くの負傷者が出た日本軍を今度はこのワット・ムアイトーで救護してもらったとのこと。

ここは例の世話焼き&おしゃべりおばさんが「日本人なら絶対行きなさい!」と強く勧めてくれた寺。

วัดม่วยต่อ ワット・ムアイトー


ネット上ではワット・モイトーと書かれる事が多いが、このブログではワット・ムアイトーと表記する。

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ワット・ムアイトーの巡礼

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奥の本堂?はなんとなーくビルマ風
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本堂?の内部
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本尊?はタイ風とビルマ風が混在している。
もちろん白い仏像がビルマ風。

ちょうど本堂の背後の先にこんなモニュメントがあった。
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第1ポイント「行進する日本軍兵士」半分消えているので前半は不明

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第2ポイント「クンユアム住民と日本軍兵士の関係(交流)」

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第3ポイント「戦いに敗れた日本軍兵士」
もうちょっと労わりの言葉が欲しいところだが、まあ、そういうことだ。。。

第3ポイントの横にはこんな碑文がある。
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ここでも一礼

その奥には「タイ日友好館(日本語で「クンユアム星露院」)」なる建物があったが閉鎖されていた。
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以前はなにか展示されていたのかな?
展示物はタイ日友好友好記念館に移されたのかも?

このほかにも英霊の墓があると聞いていたが、探そうと思ったら寺の守護神お犬様がのそりのそりと。。。
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3匹中1匹がオレにロックオンしたままで、恐れおののいたオレはスタコラと退散しました。

※後から知ったのだが、英霊たちの立派な墓(埋葬の地)があったのだ。
これだから行き当たりバッタリはダメなんだよな〜、犬に気を取られてたな。。。
またいつか巡礼の旅に出ますか〜

おりゃ知らねー

オレ自身、タイの仏教、寺、仏像には全く興味はないのだが、これはとてつもなく興味を惹かれた。

帰りがけにちょっと変わった仏像を見かけた。
それがこちら。
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なんだか「あっち向いてホイッ」でもやっているのか?それとも、タンブンの品を入れる鉢に手を突っ込みながら「今飯食ってるの!あんたの願いなんて知らないよ〜」とでも言っているのか?
ユーモアのある仏像だな〜

いわれを調べてみたけどよく分からなかった。。。

***

さて、今日で“大人の夏休み”最後の旅《第一弾》はおしまい。
17:30発のバンコク行きに乗ってとりあえず帰るとするか〜

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メーホンソーン巡礼(2)タイ日友好記念館・クンユアム その2、親日とは?

今日のタイ語

การแปลสิ่งเร้าผิด ガーン・プレー・シン・ラオ・ピット=錯覚

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さて、クンユアムのタイ日友好記念館に入りましょう。

タイ日友好記念館の展示物

ネットで調べるとビデオルームがあるとの事だったけど、時間制なのかな?オレが入った9:00am過ぎは部屋の扉の鍵がかかっていた。

多少の展示物はあるものの、いわゆる博物館と言われるほどのものはほとんどなく、大きめのパネルにクンユアムの歴史から始まって、大戦中の日本進駐までの歴史が表示されている。
なお、展示物の説明言語はタイ語、英語、日本語で、日本語は明らかに日本人の監修が入っていると思われるほど正確である。

が、タイの人が修正すると・・・
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うーん、おしいっ!
字は正確で完璧なんだけど
逆さまでこの字が書けるとは相当な腕前か?(゚∀゚)

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今のクンユアム。
まさにこんな感じの山の中の山村

このあたりから日本との関係についてのパネル、展示が進む
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ちょっと見づらいけど拡大すると少しはまともになる、かも?

インパール作戦
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「謝罪と賠償」ばかり叫んでいるどこかの乞食国家とは違うね〜( ̄皿 ̄)
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こんな写真を見ると「日本陸軍」の歌詞を思い浮かべる。
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3、工兵
道なき方(かた)に道をつけ
敵の鉄道うち毀(こぼ)ち
雨と散りくる弾丸を
身に浴びながら橋かけて
我が軍渡す工兵の
功労何にか譬(たと)うべき

「道なき方に道をつけ」だ。


ここからはクンユアムと日本の友情物語?
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この地で散った方々はみな日本に戻れたのだろうか?

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友情?友好?幻想?思い出?

最近の傾向として何でもかんでも白黒つけたがる傾向がある。
ネット上で飛び交っている「ネトウヨ(右翼)、パヨク(左翼)」や「反日、親日」という言葉が最たるものか?

ちょっと何かを書くとすぐに「ネトウヨ!、パヨク!」という言葉が飛び交い、あらゆる国を「反日、親日」で色分けしたがる人が少なくない。
まー、チョーセンジンはほぼ全て「反日」というか「日本人をバカにする民族」として間違っていないがねε-(´・д`・ )

そんな中、ネット上のこのタイ日友好記念館に関する記事にも「数少ない親日博物館」なる記述が少なくない。
たしかにこの記念館はタイの人々が作ったもので、住民との交流はあったのだろうし、事実負傷した日本人に対し手を差し伸べてくれた。そこには人間同士の普通のつながりがあった。クンユアムの人々が仏教徒であったのも重要な要素だろう。

当時は国同士も同盟関係にあったし、少なくとも敵同士ではなかったことは事実。
そういった意味で白黒つけるのなら「親日」になるのだろう。

しかし、力関係から言ったらクンユアムの人々に抵抗する力があったとは思えない。

Googleのコメントにこんなものがあった。
googlemapコメント1124
コメントを書いた人の国籍は不明も、バルト三国の方かな?

この記念館を見て受ける感じは千差万別。
その人の歴史、その人が住んでいる国の歴史にも大きく影響される。

この記述のうちドイツ→中国、ロシア→日本だったら「あぁ〜また言ってるよ・・・あの人たち・・・、自尊心を満足するために何やっても何度でも何年でも手を替え品を替えて言い続けるんだろうね、それこそ半島民族の偽りの誇りのために・・・何言われても無視無視(´`)=3ハーで済むのだが。。。

この人の国が体験した実態を現在に置き換えてみればチベットやウイグル、危機的状況と言えば台湾なんかが当てはまるんだろうね〜
もちろん、クンユアムとは状況は全く違うと思うけど「自分たちのテリトリーに無断で入り込んでくる」っていう状況では同じかな?

最近のニッポン人には「相手が攻めてきても無抵抗主義を貫く」とかバカなこと言ってる人が結構いるのだが、そういう人たちはパレスチナ、チベット、ウイグル、バルト三国の人たちにこう言ってみれば?
「占領されても無抵抗主義を貫いて立派ですね〜」って。。。
ユダヤ人とロヒンギャの人には「国を奪われたって別にそんなことにこだわる必要はないですよね〜?」って。。。

この地が戦場にならず、住民にも被害者(戦闘に巻き込まれる)がいなかったのが幸いなのかな?
思い出ってものは、時として美化されがちなもの。

「日本とクンユアムの友情」って、戦争という極限状態が生んだ一種の幻覚?錯覚?なんだろうなーと思ったり。。。
ヒネクレすぎてる???( /ω)

しかし、こういった経緯が「美談」として記念館になったのは「当時の日本人の振る舞い」があったのはもちろんだが、「戦後復興して各国に貢献してきた現代の日本」があるからこそ。

先人たちに感謝感謝・・・ですね。

そしてクンユアムの人たちには、同じ日本人として「ありがとうございました」という言葉は忘れないようにしていきたいと思っている。

***

最後にもう一礼してタイ日友好記念館を後にした。

IMG_3102-1124.jpg

続く・・・

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| 2018タイ旅【6】ウボン・ナーン・メーホーソーン | 06:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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メーホンソーン巡礼(2)タイ日友好記念館・クンユアム その1、タイ人料金で入場♪

今日のタイ語

อนุสรณ์สถานมิตรภาพ アヌソーン・サターン ミトラパープ=友好メモリアルの地、友好記念の地

อนุสรณ์สถาน アヌソーン・サターン=追悼する地=モニュメント、記念碑
มิตรภาพ ミトラパープ=友情、友好

ちなみに、タイ-ラオス間に架かる橋もสะพานมิตรภาพサパーン・ミトラパープ=友好橋である。

参考までに発音をカタカナで書きましたが、そのまま読んでもまず通じません。実際に使う際は、辞書等で発音記号を確認してください。

今回の旅、ここまでの記事は以下を参照

“大人の夏休み”最後の旅《第一弾》旅の目的と大まかなルートを決めて出発♪
No,21-② ウボンラーチャターニー県 จังหวัดอุบลราชธานี
不思議がいっぱい?場所が特定出来ず、たどり着けない”驚きホテル” in ウボンラチャタニー
不思議がいっぱい?部屋の広さが尋常でない”驚きホテル” in ウボンラチャタニー
本場のクワイジャップ・ユアン、お味は? in ウボンラチャタニー
行き当たりバッタリ!パクセーをやめてウドンターニへ、ウドンではワンパターン行動
無念、タイ-ラオス友好橋で「京都市バス」に乗れず!
11:00amのチェックインって遅いか〜??? in ビエンチャン
やっぱり大人の夏休みの〆はこれだね♪(1)これからはそう頻繁に来れないので、これで仮〆
やっぱり大人の夏休みの〆はこれだね♪(2)いや、もう一つ忘れてた〜!
ラオス・ビエンチャンの街並みと日の丸、「京都市バス」に乗ったぞ〜♪
さて、次の目的地ナーンまでどうやって行くかな〜?初めてのウドン新ボーコーソー
300km 7時間でビビってたら笑われちゃうよ!タイを尊敬する一面
ウドン→ピッサヌロークへ、日本にはない即日宅配サービス♪タイって意外に便利だよ♪
ピッサヌロークでのお宿、(付録)バス・トランジットに便利なボーコーソー内の簡易宿泊所
No,43-② ナーン県 จังหวัดน่าน
ナーンのお宿、「縁側?」付きの予約サイトでは予約できないホテル
安い!狭い!階段!(^∇^)3拍子?揃ったチェンマイのお宿
世界三大麺にはなれなかったけど、旨いチェンマイ名店のカオソーイ「新・カオソーイ ラムドゥアン」
いよいよ最後の未踏地、メーホンソーンへGO !
チェンマイ→メーホンソーン、ゲロ街道???確かに気持ち悪くなってきた〜、初めての密入国
No,77 メーホンソーン県 จังหวัดแม่ฮ่องสอน これにてタイ77全都県庁舎完全制覇!
メーホンソーンのお宿と周辺散策、宿の人はすごーく親切なんだけど・・・
メーホンソーン巡礼(1)メーホンソーン、ワット・プラノーン
メーホンソーン→クンユアム、えぇ〜!1日1便しかないの〜?
メーホンソーン→クンユアム、クンユアムで降りたのはオレ1人、宿が無い。。。
世話焼き&おしゃべりおばさんの宿@クンユアム

***

以下、前段はメーホンソーン巡礼(1)メーホンソーン、ワット・プラノーンで書いた内容をほぼそのまま転記する。

ここメーホンソーン県は先の大戦でビルマ・インド戦線へ向かう日本軍が基地・拠点を設営した地。
ここで米英と戦闘したわけではないのだが、結果的に(というか最初から無謀)インパール作戦の失敗・撤退時にここメーホーソン県内の拠点に命からがら帰り着いた、いやほとんどの将兵が途中で撤退途中で命を落とした(白骨街道)。

どうにか帰り着いた将兵もマラリア、栄養失調や疲労困憊で亡くなる方も多く、この地に居留しこの地の方々の助けを必要としていたようだ。

そんな経緯がある地、ここメーホンソーンには後々日本の方々が慰霊碑を立てることも多い。

特にここクンユアムでは当時の敗走してきた日本人(軍人)がかなり世話になった地のようで、各家庭に保管してあった日本人(軍人)の遺品や品々を1996年に当時のクンユアム郡警察署長が収集し展示を始めた記念館がある。

それが「クンユアム第二次世界大戦戦争博物館」と称する博物館なのだが、タイ語 อนุสรณ์สถานมิตรภาพไทย-ญี่ปุ่น ขุนยวมを忠実に訳すと「タイ-日本友好メモリアル・クンユアム」となり、主旨は決して戦争博物館ではない。

戦争博物館という名称はKhun Yuam WW2 Japanese War Museumという英語表記の日本語訳であり、なぜそんな名称にしたのかは???だが、「タイ-日本友好メモリアル」では歴史を知っているクンユアムの人以外はその位置付けを理解し難いからかな?と勝手に思っている。

当時ここに駐屯していた日本軍将兵の武器等が展示されてはいるが、ここで生活をした(軍の拠点を築いた)当時の日本軍(日本人)の歴史が展示の主たるもので、いわゆる戦争博物館ではないような気がする。

参考:バンコク郊外にある通称National Memorial อนุสรณ์สถานแห่งชาติと同じようになものか?

以降、このブログでは「タイ-日本友好メモリアル」→「タイ日友好記念館」と表記する。

タイ日友好記念館・クンユアム

9月23日

IMG_3096-1123.jpg

旅の実質最終日の朝、霧がかかっていた。
さすが山奥の秘境だね〜

霧も晴れた9:00am過ぎ宿から徒歩3分くらいにあるタイ日友好記念館に出向く。
IMG_3066-1123.jpg

日の丸が輝かしいね〜

受付に行くと、悪名高き二重料金制
IMG_3100-1123.jpg
タイ人大人40(๔๐)バーツ、外人大人100バーツ。
タイ人向けには外人が判読できないようにタイ数字を使うあたりがどうもね〜(°皿°;)

まあ、金の持つ価値からいうと妥当な差かな?

「大人一人!」と元気よく言って100バーツ札を出すと・・・
IMG_3101-1123.jpg
なぜか「タイ人用40バーツ」とお釣り60バーツをもらった。
なぜだ???

ずいぶん前に行ったチェンマイ動物園のパンダ舎以来かな?タイ人料金で入ったのは( ̄皿 ̄)

この受付を出て左方向に慰霊碑らしきものがあったので、まずはこちらで直立不動+45度の礼を
IMG_3102-1123.jpg

***

こうして自由に旅ができるのも皆様のお陰です。
安らかにお眠りください。

***

世界平和を祈る像???
IMG_3104-1123.jpg
多分第二次大戦に参加した国の国旗が周りを飾っていた。
鶴が平和?友情?の象徴(日本の国鳥は鶴かと思ってたけどキジなのね・・・)

ここにはタイ語、英語、日本語でこんな碑文がある。
IMG_3103-1124.jpg

写真では見にくいと思うので抜き出してみた。
友情と思い出の物語

西暦1941年12月21日タイは日本と日泰攻守同盟条約を結び
1943年1月3日、日タイ共同作戦に関する協定を締結した。
タイは同年1月25日イギリス、アメリカに対し宣戦布告をし、日本の同盟国となった。

タカムラシハチ中尉の率いる日本軍第15部隊はベトナム・サイゴンに本拠地を置く南方司令部の指揮下にあり、タイ、ミャンマー国境付近で戦闘を行っていた。

日本軍の兵士とクンユアム郡の住民との友情は日本軍がミャンマーとの戦闘のために道路を建設したことにより始まった。

当時、兵士達はキャンプを張り、中尉を含む複数の日本兵は住民の家に滞在した。

日本軍は村の病人を日本軍の病院で治療するようになり、日本兵とクンユアム郡の住民の友情はまるで兄弟のように深まっていった。

第二次大戦の後期になると多くの日本兵が戦闘にて負傷し命を落とした。モイトウ寺では野戦病院を設立し日本兵の治療を行い、遺体は寺院の西に葬った。

現在その場所はクンユアム競技場とタイ友好記念館が立っている。

生き残った日本兵と退役軍人の会の人々はこの事を忘れない為に石碑に名前を刻み、モイトウ寺、フアイポン村、メスリン地区、メホンソーン郡に奉納した。


さて、中に入ってみよう。。。

続く

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