脱♪サラリーマン流浪記(バンコク留学編)

暑くなってきたね〜、でも走りますよ♪

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【3日目(3)】名も知らぬ場所→ヘルファイヤー・パス(地獄の切り通し)、これが本当の戦争の”傷跡”

今日のタイ語

ช่องเขาขาด チョンカオ・カート:切り裂かれた山の谷間=ヘルファイヤー・パスのタイ語表記
ช่อง チョン:隙間、孔、峠、チャンネル
เขา カオ:山
ーーช่องเขา 山峡(山の迫った谷間)
ขาด カート:裂く、切る

ช่องเขาขาดพิพิธภัณฑ์สถานแห่งความทรงจำ:切り裂かれた山の谷間メモリアル博物館=ヘルファイヤー・パス・メモリアル博物館
ช่องเขาขาด チョンカオ・カート:切り裂かれた山の谷間
พิพิธภัณฑ์ ピピッタパン:博物館
สถานแห่งサターンヘン:土地、場所
ความทรงจำ クワームソンジャム:記憶

《英語》
Hellfire Pass(Konyu Cutting):地獄の切り通し(コンユウ切り通し)

-Hellfire:地獄の火、業火、地獄の苦しみ
-Pass:狭い通路、峠

参考までに発音をカタカナで書きましたが、そのまま読んでもまず通じません。実際に使う際は、辞書等で発音記号を確認してください。

ここまでの話は↓を参照。

1、自転車でタイ・ミャンマー国境を目指せ!(序章)計画・準備編
2、【初日(1)】バンコク→カンチャナブリー、出遅れてバス移動
3、【初日(2)】バンコク→カンチャナブリー、カンチャナブリーのお宿と食事処
4、【2日目(1)】カンチャナブリー→桑井川神社へ。通り過ぎて、病気再発で散々
5、【2日目(2)】桑井川神社→名も知らぬ場所へ、パンクと坂でヘトヘト。。。
6、【2日目(3)】桑井川神社→名も知らぬ場所へ、名も知らぬ場所のお宿と食事処
7、【3日目(1)】名も知らぬ場所→ヘルファイヤー・パス(地獄の切り通し)、下り最高〜♪
8、【3日目(2)】名も知らぬ場所→ヘルファイヤー・パス(地獄の切り通し)、ビルマ人には厳しいタイ

今日の宿に14:00にチェックインした後少し休憩し、15:00ちょっと前に3km先にあるヘルファイヤー・パスへ行く。

軽いアップダウンで3kmを快走
快晴で素晴らしい眺めだったが、写真は帰りに撮ろうと思った。
ところが、帰りは雨に降られて断念。。。

着いたところがここ
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農業・協同組合局・軍開発オフィス???
広大な牧草地を持つ眺めの非常に良い場所だった。

守衛所で「博物館に行きたい」と言い道順を聞いて入る。
ここは車か自転車が無いと来れない場所だね。
(博物館は16:00閉館で、時間がなかったので史跡だけ見て博物館には入らず)



まさに戦争の”傷跡”だったヘルファイヤー・パス

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THE GORGE:両側が絶壁になっている峡谷
まさにそんな場所だった。

インフォメーションに寄ってルートを聞いてみるとパンフレットを出して解説してくれた。
最後に「あんたどこから来た?」と聞かれたので「日本」と答えると、奥でゴソゴソ探しながらこんなパンフレットをくれたよ。

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これが大変よくできているパンフレットで、おかしな日本語もなく上質の紙で作られたもの。

この後、実際にこの痕跡を歩いてみると分かるのだが、全くタイの施設・史跡らしくなく完璧に整備されていた。

後で分かったのだが、この史跡はオーストラリア(の退役軍人会?)が主になって保存していることが分かった。
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タイらしさがないのはそれが理由だった。

では歩いてみよう。
谷底のようなところまで降りていき、綺麗に敷き詰められた砂利道を歩く

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言うまでもなく、この砂利が敷き詰めらた道は「ビルマに続く泰緬鉄道の線路があった」場所。

砂利がなければ、雨が降るとぬかるみになって歩きづらいはず。
普通の靴ならこの砂利で歩きやすいはずだが、オレはビンディングシューズで行ったものだから、悲惨な目に合ったけど。。。

ここからは言葉はいらない。。。
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そう、これ巨大な一枚岩を人力(捕虜+現地徴収者)で削ったもの。。。

ここが泰緬鉄道の最難関の現場だったらしいが、その他にも同様に岩を人力で削った箇所は少なくない。

このヘルファイヤー・パスはなぜか日本語のwikipediaがない。
Hellfire Passwikipedia(英語版)

泰緬鉄道wikipedia

もらったパンフレットに詳しく書いてあるので、ここで起こったこと、この史跡化の経緯を知りたい方は読んでください。
(クリックして拡大すれば読みやすいです)

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私見

オレ自身は、旧軍をすべて否定するつもりは全くなく、同時にすべてを肯定するつもりもない。
日の丸、君が代に敬意を払っている。

まあ、一般的には悪い面ばかりが強調されがち。
負け戦とはそういうものだ。。。

人民系やチョーセン系に影響を受けた人々(または日本に潜伏する本人)がことさら強調する旧軍の残虐性
それはそれでそういう事実もある(彼らが言うことは話し半分)のだろうが、日本の進軍によって利益を得た国々も少なくないのも事実だろう(進軍の意図と結果は必ずしも一致しない)。

殺すか殺されるかの狂気の中ではどの国にも同じことが起こりうる。
戦争とはそういうものだ。

この泰緬鉄道建設で多くの捕虜や現地徴用した一般人が亡くなった。
確かにそれは戦争犯罪と言ってもいい行為だが、じゃあこの泰緬鉄道を短期間で作り上げることができなければどうなっていたか?

恐らく補給路を断たれて、撤退か野垂れ死になる。
(最終的にはそうなった)
そういう生きるか死ぬかと言う時に、その場にいたら自分はどうしたか?

まあ、もともと無謀な進軍だったといえばそれまでだが、そんな無能な上官であっても、自分がその時のその場で命令を受けたらどうしただろうか?

その場にいなかった者が、今の平和な世の中であれこれ言う資格があるだろうか?

戦争とはそういうものだ。
今のオレには、事実は事実として目に焼き付けておくことしかできない。

戦争がいかに狂気なものであるのかはユダヤ人を見れば分かりやすい。
ナチスはユダヤ人を殲滅しようとした。
その行為は許されるものでは決してないが、生き残ったユダヤ人がパレスチナの地で何をやったのか?やっているのかは皆知っているハズだ。

アンネ・フランクも生き延びていたら、パレスチナへ移住し兵士になってパレスチナ人を・・・
かもしれない。

戦争とはそういうものだ。。。

自転車は確かに便利だけど、ここにビンディング・シューズで来てはいけない

結局1時間ほど砂利道を歩いたおかげでビンディングシューズはこの有様・・・ハァ━(-д-;)━ァ...
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カーボンのソールも無残にガタガタ・・・

一応、クリートを保護するカバーを付けてはいたけど、あの砂利道では効果なし (っω・`。)


しかも、帰路につく前から真っ黒な雲が現れ強風が吹き始めた。。。
来るときは快晴だったのに。

おかげで宿までの3kmの道のりでずぶ濡れになってしまったよ。

「カンチャナブリーmap」作りました♪


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COMMENT

ヘルファイヤー・パス

そういう場所だったんですね…
無知な自分が恥ずかしいですが、教えていただき大変勉強になりました。
月並みですが、国籍問わず昔の先輩方の犠牲や大変な苦労の上に今の自分の平穏な生活が成り立っていること、忘れないでいたいと思います。

| kinaco | 2018/05/18 12:39 | URL | ≫ EDIT

Re: ヘルファイヤー・パス

kinacoさん
そーですね〜、カンチャナブリー〜メーホーンソンに至るビルマとの国境地帯は多くの日本の将兵が亡くなった地です。
捕虜や現地徴用工もまたしかり。。。
戦争反対!(←概念には同意します)交戦権の放棄!国外勢力が進行してくるなんてありえない!例え攻撃されても自分は戦わない!人をコロスくらいなら国が無くなっても構わない!とか言ってる人が異様に多く見受けられるのが残念です。
国が無くなる悲惨さを多くの国が味わっているにもかかわらず。。。

| Damascus | 2018/05/18 18:53 | URL |















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